
ランサムウェア攻撃後の「流出痕跡なし」が意味するもの
住宅やオフィス向けのセキュリティ製品を扱う日本ロックサービスが、2025年6月にランサムウェア攻撃を受けたことを公表しました。その後、外部専門会社による詳細な調査が行われ、10月に第四報が発表されています。
興味深いのは、現時点で情報窃取の痕跡は確認されていないという調査結果です。しかし同時に、同社は「個人情報漏洩の可能性を完全には否定できない」とも述べています。
一見矛盾しているように思える、この二つの発表。実は、ここにサイバーセキュリティの難しさが凝縮されているのです。
ランサムウェア攻撃を受けた組織が「流出痕跡なし」と発表する場合、それは単に「見つからなかった」という意味ではありません。フォレンジック調査では、アクセスログ、ネットワーク通信記録、ファイルのタイムスタンプなど、あらゆる痕跡を綿密に分析します。その結果、攻撃者がデータを外部に送信した形跡が見当たらなかったということです。
では、なぜ「可能性を否定できない」のでしょうか?
デジタル世界の「悪魔の証明」
サイバーセキュリティの世界には、「ないことを証明する」という困難な課題があります。
攻撃者が高度な技術を使ってログを削除していたら? 暗号化された通信経路で密かにデータを抜き取っていたら? 調査で見つけられなかったバックドアが存在していたら?
これらの可能性をゼロにすることは、技術的に極めて困難です。特にランサムウェア攻撃では、攻撃者がシステムに深く侵入している場合が多く、その行動すべてを完璧に追跡することは容易ではありません。
日本ロックサービスのケースでは、氏名、住所、電話番号といった個人情報が対象となり得るとされています。これらの情報は、攻撃者がシステムに侵入した時点でアクセス可能だった可能性があるのです。
つまり、「痕跡がない」ことと「実際に流出していない」ことは、必ずしもイコールではありません。この認識のギャップが、企業の慎重な発表につながっているわけです。
影響を受ける可能性のある方への対応
今回の事案で注目すべきは、同社の対応姿勢です。流出の痕跡が見つからなくても、個人情報を取り扱っていた事実がある以上、影響を受ける可能性のある方々への個別連絡を実施するとしています。
この対応は、法的な義務というだけでなく、企業としての誠実さを示すものと言えるでしょう。
個人情報保護の観点から見ると、「流出したかどうか分からない」状況は、本人にとって最も不安なものです。自分の情報がどうなっているのか分からない状態で、漏洩に伴う二次被害の可能性を警戒し続けなければならないからです。
企業側が積極的に情報を開示し、影響を受ける可能性のある方に直接連絡することで、少なくとも「知らないうちに被害に遭っていた」という最悪の事態は避けられます。
また、現時点で二次被害が確認されていないことも、一定の安心材料と言えます。個人情報が実際に流出し、悪用されている場合、通常は何らかの形で二次被害が表面化するものです。
企業が学ぶべき教訓と私たち個人ができること
この事案から、私たち全員が学べることがあります。
企業側としては、ランサムウェア対策は「感染させない」だけでは不十分だということです。万が一侵入を許してしまった場合に備えて、データの暗号化、アクセス制御の厳格化、ログの適切な保管など、多層的な防御策が必要になります。
日本ロックサービスは6月12日に攻撃を確認し、わずか3日後の15日には初報を公表しています。その後も7月、10月と継続的に情報を更新しており、透明性の高い対応と言えるでしょう。この迅速な情報開示の姿勢は、他の企業にとっても参考になる点です。
一方、私たち個人としては、企業から「情報漏洩の可能性がある」という連絡を受けた場合、それが確定情報でなくても真剣に受け止める必要があります。
具体的には、該当する情報を使って開設しているアカウントのパスワード変更、不審な連絡への警戒レベルの引き上げ、クレジットカードや銀行口座の取引履歴の定期的なチェックなどが有効です。
「痕跡がない」という調査結果は安心材料ではありますが、100%の保証ではありません。企業も個人も、「起こり得る最悪のケース」を想定して行動することが、サイバーセキュリティの基本なのです。
まとめ
今回の日本ロックサービスの事案は、ランサムウェア攻撃の複雑さと、その後の対応の難しさを改めて浮き彫りにしました。完璧なセキュリティは存在しないという前提で、いかに被害を最小化し、透明性を持って対応するか。それが、デジタル時代を生きる私たち全員に問われている課題なのかもしれません。
