
私たちが日々使っているソフトウェアには、目に見えない危険が潜んでいますか。脆弱性と呼ばれるこれらのセキュリティホールは、悪意のある攻撃者にとって絶好の侵入経路となります。しかし、最近Googleが発表した内容は、この脅威との戦いに革新的な変化をもたらす可能性があります。
2025年7月、Googleは同社のDeepMindとProject Zeroが共同開発した「Big Sleep」という脆弱性探索エージェントが、実際のシステムで複数の未知の脆弱性を継続的に発見していると公表しました。これは単なる実験室での成果ではありません。実際に攻撃者による悪用を未然に防いだ事例も報告されており、AIによるサイバーセキュリティの新時代が始まりつつあると感じています。
AIが攻撃者より一歩先を行く
Big Sleepの最も注目すべき成果の一つが、SQLiteの脆弱性CVE-2025-6965の発見です。この事例では、AI自体が脆弱性を特定しただけでなく、Google Threat Intelligenceの情報と組み合わせることで、攻撃者による悪用が始まる前に問題を封じ込めることができました。
SQLiteは世界中で広く使われているデータベースエンジンです。スマートフォンのアプリから大規模なWebサービスまで、私たちが普段使っているサービスの多くでSQLiteが動いています。もしこの脆弱性が攻撃者に悪用されていたら、影響は計り知れなかったでしょう。
さらに興味深いのは、Big Sleepが8月11日に報告したChromeのANGLEコンポーネントにおけるUse-after-free脆弱性(CVE-2025-9478)が、わずか2週間後の8月26日にはChromeの安定版アップデートで修正されたことです。これは「AI発見→検証→修正→配布」という一連の流れが、従来では考えられないスピードで実現されたことを意味します。
従来の脆弱性発見との違い
これまでの脆弱性発見は、主に人間のセキュリティ研究者による手作業に依存していました。コードを一行一行丁寧に読み解き、潜在的な問題を見つけ出す作業は、時間がかかる上に見落としのリスクも伴います。
一方、Big SleepのようなAIシステムは、24時間365日休むことなく大量のコードを分析できます。人間が見つけにくいパターンや複雑な処理フローの中に潜む脆弱性も、機械学習の力で効率的に発見できる可能性があります。
ただし、これは人間の専門知識が不要になることを意味するわけではありません。むしろ、AIが発見した潜在的な脆弱性を正確に評価し、修正方針を決定するには、高度な専門知識を持った人材が不可欠です。AIは強力なツールですが、最終的な判断は人間が行う必要があるのです。
オープンソースコミュニティへの貢献
Big SleepはGoogle製品に限定されているわけではありません。オープンソースソフトウェアの脆弱性発見にも積極的に投入されており、これがインターネット全体のセキュリティレベル向上につながる可能性があります。
オープンソースソフトウェアは現代のITインフラストラクチャの基盤となっています。Webサーバー、データベース、プログラミング言語の実行環境など、多くの重要なソフトウェアがオープンソースとして開発されています。これらのソフトウェアにある脆弱性を早期に発見し修正することは、デジタル社会全体の安全性向上に直結します。
私は、このようなAI技術の民主化が、サイバーセキュリティの格差を縮小させる可能性があると考えています。従来であれば大企業や専門機関でなければ実現できなかった高度な脆弱性分析が、より多くの開発者や組織で利用できるようになるかもしれません。
今後の展開と課題
Big Sleepの成功は、AIベースのセキュリティ技術の可能性を示していますが、同時に新たな課題も浮き彫りにしています。
まず、攻撃者も同様の技術を利用する可能性があることです。AIが防御側の武器になると同時に、攻撃側の武器にもなり得るという現状あります。この点については、技術の発展と並行して倫理的なガイドラインや規制の議論も重要になってくるでしょう。
また、AIが発見する脆弱性の量が増加することで、修正リソースの確保や優先順位付けがより重要になります。すべての脆弱性を即座に修正することは現実的ではないため、リスク評価と対応戦略の精度向上が求められます。
人材育成の観点でも変化が必要です。AIツールを効果的に活用できるセキュリティエンジニアや、AI分析結果を正確に解釈できる専門家の育成が急務となっています。
まとめ
私たち一般ユーザーにとっても、この技術革新の恩恵を受けるためには、ソフトウェアアップデートの重要性がこれまで以上に高まっています。AIが発見し修正された脆弱性も、アップデートを適用しなければ意味がありません。自動更新の設定や定期的なアップデート確認を習慣化することが、より重要になってくるでしょう。
GoogleのBig Sleepが実現した「AIによる継続的な脆弱性発見」は、サイバーセキュリティ分野における大きな転換点となる可能性があります。技術の進歩とともに、私たちの日常的なセキュリティ意識やアップデート習慣もより大事になっていくでしょう。
